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2:不破央氏 × 高畑好秀
インターハイ決勝「頭が全部潜る」と泳法違反を指摘され、チョンマゲで出場したり、マンホールに落ちてオリンピック選考にも落ちてしまうなど、凡人の理解を超えるその発想や行動の持ち主である不破氏が、高畑と意気投合し・・・。

私もメンタル面は弱いし、全てに強くなる必要もないと思います。

-不破さんは様々な挫折(後述)を経験なさっているのですからメンタル面は強い方ですよね。

不破: うーん。そもそもメンタルの強い弱いがわからないですね。強い弱いと聞かれたらやっぱり弱いですよ(笑)

-いろんな経験をされた今でもですか?

不破: でも得意不得意があるように対処できることもあれば、できないこともあると思うんですよ。全てに強くなる必要もないと思いますし。

-では、気持ちが弱くなってしまう時などはどう対処するんですか?

不破: 全部1人で処理しなければいけない訳じゃないと思います。仕事では相方がいるんですが、これがまた性格は合わないのですが(笑)、もう彼じゃなきゃダメってくらいバランスが取れているんです。

不破: 僕が気持ちが乗らない時は、彼が乗せてくれるし、もちろんその逆もあり、うまくフォローしあえる関係なんですね。

高畑: 不破さんはパパになって家庭でもパワーをもらえるしね。1人で無理せず、うまく周囲の力になれてるし、力をもらえているんだと思うね。

不破: そうですね。経験から強くなったというより、弱さを知ったので1人で全てを抱え込まなくなったのが大きいですね。

このまま弱くなっていくよりは、今死んだ方がかっこいいかな…!?

-弱さを知った、いいですね。そこを聞いて行きたいですね。
元日本記録保持者であり、マンホールに落ちて怪我をしてオリンピックを逃したり、ウォーターボーイズで活躍するなど人生山あり谷ありの不破さんですが(笑)今振り返って、「弱さを知った」つまり、一番谷だった、底の状態とはいつですか。

高畑: すごい質問だね。やっぱり「まさかのオリンピック代表落選」じゃない?

不破: うーん…。そうですね…。その瞬間(ソウル五輪選考会で予選1位で通過も決勝は予想外の4位に終わる)はシミュレーションにない状況だったので、「イタタタ…終っちゃったよ(笑)」、そんな感じで。ショックじゃないとは言いませんけど、そこまでの過程の方がすごかったですから。

-過程というのは86年に当時高校3年生で世界4位の記録を出してからのオリンピックへの道ですか?

不破: そうですね。周りのメダルへの期待のプレッシャーもそうなんですが、実は記録を出してすぐギックリ腰になりまして、それをだましながらの戦いがきつかった。

-治療に専念しなかったんですか?

不破: 弱い自分を見せるのをかっこ悪いことだと思っていましたから誰にも相談できなかったんですよ。休むことへの不安もあったし。

高畑: 周囲への期待も大きく心休まる時がなかったんですね。腰以外では体の変調はありませんでした?

不破: ありすぎです。いやここで言えないくらいひどいですよ。躁鬱状態ですから。

高畑: 心と体のバランスがくずれ、そんな状態では競技どころじゃないですね。

不破: 感情的になって周りに厳しくなって、時には暴力をふるってしまうことも…。
その度に反省して、自己嫌悪になって、しまいには引きこもり…。布団とトイレの往復。そんなパターンで。

-ある意味王道ですね(笑)練習はどうされてました?

不破: 一応行くには行くんですがんですが、体が水を受付けなくて。

-プールに入れない?

不破: いや入りますよ、でも水に入るととにかく痛いんですよ。ビリビリして。毛細血管に至るまで。体の芯から手足へとしびれがきて…

高畑: 心の拒否反応が体にでていたんですね。危険な状態ですよ。気分転換はできなかったのですか?

不破: ガス抜きなんかはかっこ悪いと思ってましたからね。とにかくどんどんマイナスに考えるので体も記録もすべて悪い方へ向かってました。

-それが最悪の底の状態ですね。

不破: 最悪の状態の時はこのまま弱くなっていくよりは、今死んだ方がかっこいいかな、みんなには強い記憶のままで…とかまで考えました(笑)

高畑: それはすごい状態ですよね。

世界中のいろんな国の人達とウォーターボーイズをしたいですね。

-じゃあその最悪の危険(?)な状態から脱したきっかけは何ですか?

不破: これといったきっかけは…。何かひとつのことで大きく変わったと言う訳ではないのですが、まずは環境が大きく変わりましたから。

高畑: 引退はしてませんよね?

不破: 当時は大学生ですから、オリンピックという個人から大学の水泳部という団体へ帰ったんです。

-では目標を大学選手権に変えたということですか?

不破: 最初はそんなつもりもなくアルバイトをしたり、それまでのプレッシャーもなく気楽に泳いでたんです。

-アルバイトも気になりますが、それより今までのプレッシャーがなくなったが大きかったのですか?

不破: プレッシャーというよりチームが自分を必要としてくれたんです。補欠のBチームがレギュラーのために親身になって応援してくれる。大学が優勝するために一つになっている感覚が新鮮でしたね。

-それまでの戦いは相手を蹴落として、落ちたらライバルに喜ばれる世界ですもんね。

高畑: そういった同じ水泳でも違う部分を見つけられたのは大きいだろうし、それよりそういった違いを感じることができる余裕ができたことが一番大きいことじゃないのかな。

不破: そうかも知れないですね。それからはそれまで競泳一筋で見ることのできないものを見れたり感じたりできましたね。

高畑: しかもそれまでの戦いがあったからこそ見れたり感じたりすることができる世界ですね。

-その後の中米・グアデマラでの海外協力隊での水泳指導や帰国後の芝居やピエロの世界でも、その感性を生かしていろんなものが見えたんですね。

高畑: それらがあったからこそ「トゥリトネス」ができたんですもんね。

不破: そうですね。数々の経験と多くの人の支えがなければ到底できないことですからね。

-それでは最後に今後の抱負や夢は何ですか?

不破: 世界中のいろんな国の人達とウォーターボーイズをしたいですね。

-いろんな国ですか?その発想も不破さんらしい。

不破: 黒人選手が水泳に向いていないなんて言われますが、あの天性のリズム感やしなやかさは絶対シンクロに向いてますよ。むしろ今までのスケールをはるかに超える演技ができるかもしれませんし。

-まだまだチャレンジし続けるんですね。

不破: まだまだ自分が成功したとは思っていません。しかし、今は自分のするべきことがわかっています。とにかく自分が楽しみながら人を楽しませていきますよ。

 

 

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不破 央(ふわ ひさし)
1968年10月22日静岡県富士市生まれ。元100M平泳ぎ日本記録保持者。トゥリトネス主宰。
海外青年協力隊で中米グアテマラ共和国にて水泳普及と選手育成にあたり帰国。その後、トゥリトネスを旗揚げし、シンクロナイズドスイミングの要素を取り入れた「水中パフォーマンス」公演を開催している。
映画 ウォーターボーイズ、テレビドラマ ウォーターボーイズ、ウォーターボーイズ2においてシンクロ水泳指導を担当。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

 

【第1回】 藤掛 三男氏

【第2回】 不破 央氏

【第3回】 団長氏

【第4回】 金井 豊氏

【第5回】 大渕 隆氏

【第6回】 高橋 がなり氏

【第7回】 asamiさん

【第8回】 島田 佳代子さん

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【第10回】 工藤公康氏 独占インタビュー

【第11回】 大塚 豊氏

【第12回】 木下 公司さん